2018年10月17日水曜日

君が見た未来 プロローグ

東の空からの陽光が電車の中に差し込み、俺の頬を照らす。
「んぁ…」
そろそろ駅に着くか…などと思いながら高校二年生の俺、真玉 翔は眠い目をこする。
いつも通り朝五時に目を覚まし、いつも通り始発の電車に乗り、いつも通りの席に腰掛け、いつも通りねる。そんな日常。
現在の時刻は六時三十分。今日も列車は平常通りに駅につきそうだ。
学校はかなり駅の近くにあり、いつも余裕で間に合うが、なぜかいつも早めに目が覚めてしまい、家にいてもやることがないという理由で学校へと向かう。
そのおかげか、最近はかなり成績が安定している。
「(いやはやありがたいことだ。もう不眠症様様だな。)」
などと思いながら、次の駅で降りることを思い出し、座席から立ち上がり、リュックを背負う。高校に入学する春に、母が買ってくれたリュック。最初はこんなに荷物はいらないだろ、と思いながらかるっていたが、中学の頃より結構な量持ち運びするようだ。今ではこれがないと学校にいけないというくらいの必需品だ。
『間も無く、○○駅です。お降りの方は、右側のドアから…』
頭上からアナウンスが聞こえてくる。
軽く周りを見る。
見なれた人たち、見知らぬ人達。眠そうな顔をしているあの人、課題をいつも一生懸命やってるあの人。誰も話したことはない、知り合いにも満たない人たちだが、少しの親近感は湧いてくる。
そして何故かいつも俺の前の席に座り、周囲を観察しているように辺りを見回すあの人。制服から察するに多分中学生…?だと思う。大して女子の制服に興味はない。
…まあ、時々目が合うのが気まずくなるが。
なんてことを考えていると、俺の降りる駅に着いた。時刻は六時三十五分。5分間もよくわからない時間に使っていたのか…と少し驚く。
電車を降りて、改札に向かう。
片田舎にある、あまり大きくはない駅。特急も止まらないし、そもそもこの路線に新幹線なんてものは走ってない。
改札を出て、宙を見上げる。
今日もよく晴れてる。さあ、一日頑張るか。

2017年11月3日金曜日

チキン南蛮は突然に。

「ということで、チキン南蛮を買ってきた。」
彼女は部屋に入ってきたなりこのように述べて、自分の手に持っていたビニール袋を僕の前につき出した。
「いや、どういうことだよ。」
寝転がっていた僕は彼女を仰ぎ見た。鼻の先にはいい匂いのする弁当のような物の入った袋。
「説明すると長くなるから省略。あーお腹減ったいただきまーす。」
彼女は机の前に座ると、ビニール袋から弁当を取り出し、弁当へ合掌。放り投げられたビニール袋は床の上に落下し、しぼんでいった。
そこで僕はなんとなく察した。
「俺の分は?」
彼女は大きなチキン南蛮をほおばりながら、
「ふぇ、ふぁいよ(え、ないよ)?」
と、きょとんとした顔で言う。
部屋の中には彼女が買ってきたチキン南蛮のいい香りが広がる。
重い体を起こしながら、僕は彼女に面と向かって言うことにした。
「おい、美尋。」
「ん?」
チキン南蛮の隣に入った白飯をつつきながら美尋はそう返す。
「なぜ俺の分を買ってこなかった。」
すると美尋は「はぁ?」というような顔をして、
「だって君はなんでも作れるじゃん。」
と言った。まあ確かに料理はよく作る。美尋の分まで作って、一緒に食べることも多い。
しかしだ。
今日の相手はチキン南蛮だ。
あえて言うが、僕はチキン南蛮が大好きという訳ではない。
しかし、そんな僕でさえもあの匂いがすればお腹が減って仕方がない。それだけ強く食欲を刺激する芳香を放っているのだ。
「何か自分で作って食べればいいじゃん。」
美尋はそう続ける。
「いや、もうチキン南蛮以外の選択肢思い浮かばないし!でも作ったら絶対そっちのが美味いから!そもそもお前もこの匂いに惹かれて買ったんだろそりゃそうだよなめっちゃいい匂いだもんな!だったら今の生殺しにされてる僕の辛さわかってくれるよね!?あーお腹減ったなーねえこの気持ちを何にぶつければ良いのかなぁ????」
美尋は絶叫というか心の叫びをぶつけている僕を見て、一言。
「慈悲は無い。」
「この人でなしっ!!」
「しょーがないじゃんチキン南蛮美味しいんだから!他の人にあげたくなるわけないよねー。あーめっちゃうまい!チキン南蛮めっちゃうまい!!最高だわあああああああああああやべええええええええええ!!!」
美尋は机の対面に座る僕に金色に輝く衣に包まれた肉塊を見せつけながら煽るような口調で僕にそう言った。
「ねえどんな気分??ねえねえどんな気分???目の前で自分が食べたいものを食べている人がいるのに自分は一口も食べられないのってどんな気分????ねえねえねえ?????」
美尋はいつもこのような鬼畜っぷりで僕のリアクションを楽しむ。
「というか、そんなに食べたいんなら買ってくればいいじゃん。」
違う。そういうことではない。自分はたしかにチキン南蛮の匂いでここまで精神を削られる。だがしかし、前にも言ったように自分はチキン南蛮が大好きという訳ではない。一度外に出て買いに行くなどそんな面倒な事はしたくないし、そもそもチキン南蛮の匂いがない空間に出てしまえばもうチキン南蛮のことなどどうでもいいのだ。加えて今日のこの寒さ。絶対に外に出てたまるものか。
「そこまでして食べたいわけじゃないんだよなー。」
「なんだよ君は本当にめんどくさがりやだなあ。」
「だってこの寒さだぜ?」
そう言うと美尋は何か思いついたように僕の前に人差し指をスッ、と出し、その指を2本に増やしてピースサインを作った。
「…なんだ?」
「一口二百円。」
「たけーよばか。」
鼻で笑いながらそう返す。
「嘘だよ。はい、あーん」
美尋はそう言い、弁当の最後の一個のチキン南蛮をこちらへ向ける。
しめた、とばかりに僕も口をそちらに向ける。
「あーん」
美尋はニヤリと笑うと、箸を方向転換させそれを自分の口へと持って行く。
正直、激しい絶望と怒りを覚えかけた。おちょくりやがって。ため息をつく。
「本当に君はしょうがないなあ。」
直後、美尋はそう言うと僕がため息をつくために開けていた口にチキン南蛮を突っ込んだ。
もが、となりつつも、口一杯に広がるチキン南蛮の甘さ、辛さ、ジューシーさを噛みしめる。
やはりおいしい。

2017年9月25日月曜日

学校に行く意味を見いだせなくなってしまった。
学校に行くことで得られること、学べることは今しかできないこと。よく言うけど、それは本当に必要なことなのか。
高校に行かずに成功した人たちを何人も見てきた。それが一握りでしか無いことはわかっているけども、その人達は無駄な努力をしなかったということなのではないのか?
それでも今日も課題をやらなければならない。
予習、復習、予習、復習。繰り返すだけの日々。
もう、飽きました。もう、疲れました。

深夜、課題をやりながら聞くラジオ。僕の逃げ込む先。
笑う声、陽気な音楽たち、かかる曲の数々。
その世界は、輝いていました。私には絶対に届きません。
こなすだけの日々。ものにならない。
まさに、無駄な努力。無駄な時間。
諦めて、心を無にして、自分の気持ちを殺して、一瞬だけの達成感を味わって。
自分は、それで満足なんですか。
自分は、それで何かを果たした気になれるんですか。
それが自分のやりたかった事ですか。
やりたいことって、自分にとって何になるんですか。

2017年9月23日土曜日

人間など愚かな生き物で。

「朝起きて、昼になって、夜になる。
それだけの世界で、僕はなぜ生きなくてはならないのでしょう。」
あるところに、このような疑問を持った少年がいました。
少年は、生きる意味を探していました。
それにはに答えがないことを知らずに。
少年はやがて年老い、そして死にました。
もちろん生きる意味は見つかりませんでした。
それでも少年は、最後にここまで生きてこれて幸せだったと言いました。

また、あるところには少女がいました。
「私は夢をかなえるために生きているの。」
少女は、生きる意味は夢をかなえることだと考え、夢をかなえては次の夢を探しながら生きていました。
そしてある日、夢をかなえ続けるだけの生活に飽きてしまいました。
夢をかなえ続ける生活に飽きてしまった彼女は、はじめて現実を見ました。ずっと希望のある夢を見ていた彼女は、全てを見てしまい現実に絶望しました。
その少女は、夢をわすれ、年老いて死んでいきました。
夢を忘れた彼女は、それでも最後は今まで生きてこられて幸せだったと言いました。

あるところに男がいました。
男は、自分の持った目標に向かって真剣に向き合っていました。
そして、男は自分の目標に到達しました。
男は野心家であったため、そんなところで諦めませんでした。
次の目標をもって、進み始めました。
男はいつも、「目標を持ち続けることで、人生を退屈せずに過ごせるさ。」と言っていました。
ある日、男は病に倒れました。その病はひどく、どうしようもないものでした。
しかし男はあきらめません。
男は最後まで病魔と戦いましたが、結局死にました。
それでも男は、最後にはいろんな人に支えてもらえて自分は幸せだったと思いました。

あるところに女がいました。
女は、世界のどこかにあるという希望を探していました。
希望を見つけるためにいろいろなことをしました。
しかし希望などというものは見つかりません。
女はそのうちにやる気をなくしました。
希望などただの幻想ではないのか?そう思いました。
そして最後には死にました。
しかし女は死ぬ間際に、希望を見つけました。
それは希望を探そうとしていた気持ちそのものでした。

2017年6月24日土曜日

夏の日。

――その夏の日は、いつもよりも蝉が五月蝿く鳴いていた。そんな中、透きるような肌をした君は僕の方を見て、笑って、そして――
§ㅤ§ㅤ§
確か、それはうだるように暑い夏だったと思う。小学六年生の僕は仕事で忙しい父と母が僕の面倒を見きれないという理由から、田舎にある祖父母の家でご厄介になっていた。
小さいころから何度かこういうことはあり、祖父母の家の勝手も僕は知っていたので、大して困ることもなく僕は例年通りの夏休みを過ごしていた。
とはいえ田舎のこの辺りの小学校に通っているわけでもない僕は他の子と遊ぶ気にもなれず、午前中は宿題をして、それが終わったら一人で本を読む、テレビを見る。それだけの生活を送っていたわけだが。
そんな大した変化もない日々に飽きてきた八月二日の日、祖父母と近所の神社の神主が世間話をしているのが聞こえてきた。
「わしんとこの連中にも若いもんがおらんくなってしまって、そのくせそろそろ盆前じゃけんいろいろと大変でな。最近ではもう境内の手入れさえままならんぐらいじゃ。」
「そんならうちんとこの孫を使いよ。一日中暇にしとるけえ、いろいろ小間使いとかの役には立つとは思うで。」
まあ一日中、というわけではないが暇にしていることは確かだ。
「ボウズ、手伝ってくれるか?」
まあ、ノーという理由もないので、わかりました、とだけ言った。
§ㅤ§ㅤ§
翌朝の八月三日、言われた通り八時半ごろに境内に行ってみると、昨日の神主さんに出会い、いろいろと手順などを教えてもらった。
手伝いといっても午前中だけで済むもので、境内の掃き掃除とか手水の手入れ、本殿の雑巾がけだけだったので、なんだ、それだけか、などと思ってしまった。
八時半からとはいえどんどん気温は上がっていくうえに、蝉は一日中せわしなく鳴いており、一日目、二日目は意外とやってみると疲れるもので、昼からは夕方までずっと昼寝に使ってしまった。神主さんにはよく頑張るな、などと褒められるので、なんとか続けられていた。
そして三日目、手伝いにも慣れてきて、午後に実行するあてもない予定を立てられるくらいにはなった。
そんな矢先、出来事が起きた。
『毎日ご苦労様だね』
ご神木の欅の周りの掃き掃除をしていると、どこからか蝉の声に交じってぼんやりとそんな声が聞こえてきた。
まさか、神様の声⁉なんて考えていると、今度は声ははっきりと後ろから聞こえてきた。
「私と同じくらいの歳なのに、よくそんなに頑張れるね?」
振り向くと、声の主は、彼女は、狛犬の台座の上に座って、こっちを見て微笑んでいた。そして僕が通っている学校ではあまり見ないような服を着ていた。
びっくりするのよりも先に言葉が出た。
「そこ、座ってたら神主さんに怒られちゃうよ。」「あ、そっか。」
じゃなくて。
「君は誰なの?」
この土地の人なのか?
「私はこの神社の近くに住んでるの。いっつも朝頑張ってる君を見てて、偉いなあって思ってたの。」
近くの家に住んでる人がいたのか。
「私は古葉みなみ。君は?」
「都城徹也。今十二歳。」
名前のついでに年齢も告げると、彼女は少しうれしそうに、
「あ、同い年なんだ!」
といって、謎の握手を求めてきた。
よくわからないまま握手を返す。外に出てきたばかりなのか彼女の手はひんやりしていた。
後ろから神主さんが社務所から声を掛ける。
「ボウズ、今日もしっかりやってるな…って、お?お嬢ちゃんも手伝いに来てくれたのかい?」
いや、この人は、と言いかけるとみなみはそれを遮って、
「そうでーす!徹也一人だと大変そうだから手伝いに来ました!!」
と、元気よく言っていた。どうやらやる気のようだ。
「よし、それじゃあお嬢ちゃんにもお願いしようか!二人でさぼったりしないようにな!」
そういって、忙しそうにまた社務所の中に引っ込んでしまった。
「さて、徹也?私は何をすればいいの?」
みなみは僕にむかい、そういった。
「じゃあ、ここの掃き掃除を。」
仕事をさせてみると、みなみは僕よりも全然仕事ができた。てきぱきと仕事をこなしていく彼女を僕は単純にすごいな、と思った。心強いパートナーだ。
そのおかげでこの日はいつもの三分の一程度の労力で終えることができた。
掃除が終わると彼女はすぐに、「あ、私用事あるんだった!!また明日ね!」そういって飛ぶように帰っていった。
毎回掃除の終わりの報告をするのだが、その時に神主さんに「お前いつの間にあんないい子を見つけたんだ?」などといじられ、僕は少し赤面する羽目になってしまった。
四日目からもこの日のような調子で彼女は掃除が終わると「今日は家の手伝いが!!」「あさごはん!!」「部屋をきれいにせんと!!」「蝉の脱皮が始まっちゃう!!」「バラの木を伐採しに行ってまいりますわ!!」「UFOが!!」などと、色々な理由をつけてさっさと帰ってしまう。まあ、手伝ってくれるだけですごく楽しいしありがたいので、文句などは言える立場ではないのだが、ちょっとくらい遊んでくれてもいいのにな、とは思うのであった。
そして手伝い始めて十二日目、みなみと出会って十日目、ちょうどお盆の真ん中のその日、神主さんが掃除中の僕らに向かっていった。
「今日は夏祭りだから、夕方からでも遊びに来いよー」
僕はここぞとばかりに、みなみに言った。
「夏祭り、もしよかったら一緒に行かない?この辺友達いなくてさ、一緒に行ける人がいないんだよね。」
彼女は一瞬逡巡し、「いいよ!」と笑顔で言ってくれた。
そしてその日も、彼女は掃除が終わると逃げるように去っていった。
しかし、今日はこの後に一緒に遊びに行くのだ。この機会をきっかけに近づけるのかも、と、そう思っていた。
しかし、その日、その時間になっても、彼女は、みなみは、現れなかった。
日が落ちて夜になっても、祭りの最後の花火が上がっても、人がまばらになってしまっても、いくら待てどもみなみは現れなかった。
その日の夜、僕は布団の中で今までのみなみの言動、様子などを思い出し、整理してみた。
§ㅤ§ㅤ§
翌日、彼女は神社に現れた。
「おはよう!昨日はいけなくなっちゃってごめんね!なんか予定はいっちゃって…」
「なんかさ、病気にでもかかってるの?」
「…え?」
僕は彼女の言葉にかぶせるように言った。彼女の本当のことを知りたい。そう思ったからだ。
「び、病気なんかじゃないよ~!昨日はほんとに用事が入っちゃって…」
「朝も掃除が終わった後すぐ帰っちゃうのもさ、ほんとは点滴が切れそうだったからだとか、そういうことじゃないの?」
「そんなんじゃ…」
「ほんとのことを教えてよ!!…心配してるんだよ…?」
「…」
彼女は黙ってしまった。いつものような笑顔も顔から消え、少し焦っているようにも取れた。
蝉の声は、こんな時でもうるさく聞こえた。
「もうさ、無理してるんだったら明日からは来なくていいよ?僕一人でも十分やれるから。」
彼女を気遣っているというのもあったが、それは真実だった。もう、一人でも十分できるくらいに僕はこの仕事に慣れてきていた。
みなみはやおら立ち上がり、僕に向かい手を差し出して言った。
「私の体、触ってみて?」
僕は言われた通り彼女に触れようとした。
しかし、僕の手に彼女の触り心地はなかった。そして近づいてみて、彼女の体は少し透けていることに気付いた。
僕は混乱した。
「なんで…」
「私ね、幽霊なの。死んだのは今から五百年前くらいだったかな。私はこの神社が建てられるとき、人柱として埋められたの。この神社は水害とか度重なる飢饉とかで、神の怒りを鎮めるために作られることになったんだけれど、ちょうど嵐の時期と重なってしまって、とりあえずの神への供物として私が捧げられることになったの。」
彼女はそういって、本当に触れないことを確認するかのように僕に手を伸ばし、そして、つづけた。
「私は黄泉がえりするたびにこの集落が、この神社がちゃんと栄えてるかを確認しに来るの。でも神社の境内からは出られないから、君と一緒に帰ろうとして、でも帰れないっていうのが悲しかったから…私は先に帰ったふりをして、物陰に隠れて君のことを見てた。夜に君と夏祭りに行けなかったのは、もう自分がいつ消えるのかわからなかったから。遊んでる途中に消えでもしたら、みんなびっくりしちゃうしね。だから、この時も陰に隠れて君のことを見てた。いつまでも待ってくれたよね?申し訳ないことしてごめんね?」
僕は何も言えず、ただ彼女の言葉を聞いていた。
「君に会えて、君と掃除した日々は本当に楽しかった…我儘を言うともっと遊びたかったけど、そんなことは贅沢すぎるよね…」
しかし僕には、なんで彼女がこんなにも焦っているのかわからなかった。
「来年も会えるんじゃないの?」
「私程度の力だと、五十年に一回が限界みたいなの。だから、次に会えるのは五十年後…もう君が忘れてるかもしれないから、こうして言いたいことを全部伝えたいの。」
五十年…まだその四分の一程度しか生きてない僕にとって、その年月は途方もないものに感じた。
「約束はできないけど、五十年後の僕は、きっとここに戻ってくる。だから、さ。安心しして。」
確信は持てなかったが、こんな不思議な体験は生涯忘れることはないだろうと思った。
そういうと、みなみは泣き出した。
「ありがとう…忘れないでね?私のこと、この神社がこうであったこととか、欅のこの姿とかを。きっと五十年後は、みんな変わってる。それでも君が来てくれるっていうのなら、忘れないでね?」
「うん。約束するよ。絶対に、忘れない。」
その言葉を聞くと、彼女は満足したように、少しずつ消えていき、やがて、景色へと同化して見えなくなってしまった。
§ㅤ§ㅤ§
そして僕の夏休みは終わりを告げた。父も母も仕事がひと段落つき、僕は夏休みに祖父母の家に泊りがけで行くこともなくなってしまった。そしてその集落のことを片隅に考えながら学生生活を送り、就職し、結婚し、仕事でも順風満帆に出世していった。
祖父母は僕が学生の間に亡くなってしまい、神主さんもその後少したって亡くなったらしい。しかし神主さんの跡継ぎはおり(その跡継ぎは私と同い年であった)、神社と集落は長い間栄えつづけた。しかし少子高齢化のあおりも受けじわじわと人口は減っていき、私が五十歳の時にすべての人間がその集落を去り、廃村となってしまった。
その後も神主の跡継ぎは神社に通い続けその神社が廃れないように手入れをし続けたという。
そして、話は私が六十二歳の時へと。
ある日、その跡継ぎから連絡が入った。
「君に会いたがっている人がいる。一度こっちに来てみてください。」
集落のあった場所に行ってみると、集落の入り口に跡取りが立っていた。
「ご無沙汰してます。」
「ああ、どうも。同い年なんですからそんなにお硬くならなくて大丈夫ですよ?」
という会話を交わしながら、私たちは村の奥へと進んでいく。
今年もあの年のように蝉がせわしなく鳴いていた。
「実は私、あなたとは十二歳の時にも会っているんですよ。夏祭りの時だったかな。あなたは覚えてないと思いますが、あなたがずっと立っていたの隣の場所に屋台を出していたんですよ。」
「ああ、そうなんですか!?よく覚えていらっしゃいますねぇ」
私はそんなこと全く覚えていない。あの時はあの人のことしか考えていなかった。
「着きました。これが現在の神社です。」
そこは五十年前とはずいぶん景色が違っていた。あの大きな欅は切り株だけになっており、本殿は建て替えられていた。
「で…あれ、肝心のあの子がまだいない。」
「ああ、あいつと会うのなら多分朝になるでしょう。いつもそうでしたから。今夜一晩泊まりたいのですが。」
「ええ、大丈夫ですよ。」
そして次の日。あの時と同じように、八時半から私は箒をもってその場所の掃き掃除を始めた。意外とやってみると体は覚えているもので、普通に掃除ができた。
その時、神社に一陣の風が吹いた。
『覚えていてくれたんだね。』
蝉の声に混じってどこからともなく、声が、聞こえた。
ああ、あいつの声だ。
そして、今度はその声が後ろから聞こえた。
「おかえり。」
彼女はあの時のように、狛犬の台座に腰かけていた。あの時と同じ顔、同じ格好で。
私は涙をこらえながら、こう言うことにした。
「そこに座ってると、神主の跡取りにおこられるぞ。」
彼女は、懐かしそうに微笑んだ。
「そうだね。」
EㅤNㅤDㅤ…

2017年2月5日日曜日

あの日の夢は今に繋がってる

僕は中学生の頃、時たまに一度も言ったことのない場所に、一度も会ったことのない人と遊びに行く夢を見た。
その人は、女性。顔も声も年齢も朝になれば忘れてしまう。でも、ただ一つ、僕はその人に恋をしてるんだってことだけははっきりと覚えていた。
いつか会えるのかなと思っていたけど、特徴など覚えていない人だから探し様が無いし、もし探せたとしても引っ込み思案な僕が声をかけられるわけもない。
だけど、或る時どうしても人に話したくなって友達に話をした。
もちろん信じてくれるわけもなく、ただの夢にどこまで幻想を抱いてるんだよとまで言われた。
全くその通りだと思ったし、なんだか自分がバカバカしくなって、恥ずかしさも感じた。
それ以降、ありえない夢だって忘れようとした。何度夢に出てこようと、所詮自分の描いた理想だ、妄想だ、と思うようにした。
高校生にあがる頃にはそんな夢はもう見なくなっていた。僕は心の中で、「これが大人になるってことなんだ。幻想なんて抱かない、現実で生きていく大人近づけてるんだ。」と、自分の成長を感じた。
何もなかったつまらない高校生活も終わる頃にはそんな夢の話も忘れて、前期も後期も第一志望に落ちたせいで長く感じた受験戦争も、自分が親や先生に告げられた「妥協」というポツダム宣言を受け入れることで終わりを迎えた。
そして、僕は不本意ながらに第二志望の大学へ進学した。
そしてそれは強く雨の降っていた日、面白くもない大学の講義を受けて家に帰ろうとした時のことだった。
§§§
出入口には傘を忘れたのか、じっと雨を見ている1人の女性がいた。でも僕は「どうせ誰かがどうにかするだろう」という思いと、自分の引っ込み思案な性根のせいでその人を無視して帰ろうとし、傘を取ろうと傘立てにむかった。
…しかし、いくら探せど自分の傘がない。ほかの傘立てに入れた覚えも無いし、この雨は朝から降っていたのでここまで差してきたことだけは覚えている。つまり結果から言うと。
しまった。盗まれた。
特に愛着がある傘というわけでもないが、盗人のせいで自分が雨に濡れながら帰らないといけないと思うと癪に障る。
どうにか濡れない方法はないかと思案していると、先程から近くにいた傘を忘れたであろう女性が声をかけてきた。
「あなたも傘を忘れたのですか?」
いや、一緒にしないでほしい。
「いえ、持ってきたのですが...どうやら、盗られてしまったようです。」
あくまで盗まれたということを強調させた言い方をした。少し感情が出てしまったか。
「あらら...それは災難ですねぇ」
彼女は気の毒そうに言い、自分の鞄から折りたたみ傘を取り出し、僕の手の上に乗せた。
「急用でしたら、どうぞ?」
え、持ってるのかよ。
「ああ、有難うございます。というか、あなたはなぜ使わないのですか?」
彼女は肩を竦めながら、
「今日は、あまり傘を使いたい気分じゃなかったんです。」
と、微笑んだ。
それが僕への親切だとわかると、僕は
「貴方が濡れて帰っては意味が無いですよ。貴方が使うべきです。」
と、それを返そうとした。
すると彼女は両手を振りながら
「いえいえいえ!本当に今日は濡れたい気分なんです!!」
と言った。
しかし僕は、どう考えても僕が帰ったあとあの人が困るのではと思い、彼女に言った。
「ではこうしましょう。この傘であなたの家まで僕が行きます。そこから僕はコンビニかどこかで傘を買って自分の家まで帰ります。」
そういうと彼女は小さく笑い、
「あなたは優しいんですね。でも、私の家はここから結構ありますよ?多分あなたの方が近いのでは?」
彼女が言った住所で調べてみると、確かに僕の家の方が近かった。
「…じゃあ、僕の家まで送ってくだされば、それで結構です。」
と言うと、彼女はにこやかに
「わかりました。では行きましょう」
と言った。
そして何事もなく、僕のアパートに到着した。
「それではまたいつか。本当にありがとうございました。」
そう言うと、僕は深々と頭を下げた。
彼女は恐縮したように、
「いえいえそんな、当然のことをしたまでですよ。」
と言う。
その時だった。
ザッバァーン!
車道を通った車が水溜りの泥水を相当な量はねて、彼女は泥だらけとなった。
「…うちのシャワーでよければ貸しますが…?」
「…ありがとうございます…」
「すいません。服まで借りちゃって。」
申し訳なさそうに彼女が言う。
「いいえ。こちらこそ汚い部屋に上がらせてしまってすいません。」
もともと来客など想定していない部屋であったため、かなり汚い。
「いえいえ、かなり綺麗な部屋じゃないですか。私、言っちゃ悪いかも知れませんけどもっと男性の部屋って汚いものだと思ってましたよ。」
なぜか少し安心した。
「まあ、じきに雨も止むと思いますので、雨が止んだら家まで送りますよ。」
「…ありがとうございます。」
彼女はしおらしそうにそう言った。
そして、2人は並んでいろいろな話をした。学校のこと、講義のこと、昔の自分のこと。
不思議だ。初対面じゃないみたいだ。そして、一緒にいて、とても幸せに感じる。居心地が良い。まるで前にも…
「「…会ったことがあるみたい。」」
「…え?」
自分が考えていたことを相手も?
彼女は、顔を俯かせながら続けた。
「私、子供の頃から夢を見るんです。一度も会ったことのないはずの誰かと、どこかで笑いあっている夢を。でも、いつも夢から覚めると、何も覚えてなくて。でも、今日貴方にあって、いつか会ったことがあるな、とは思うんですけど、絶対に会ったことは無いじゃないですか。だから…気を悪くしないでくださいね…?まさか、そうなんじゃないかなって。」
話を聞きながら、僕の中で、カチリ、と音がした。
全てが、繋がった気がした。
そして無意識に、気づけば、泣いていた。
涙を、止められなかった。
彼女が驚いて、
「!?!?だ、大丈夫ですか?何が気に障ることでも言ってしまいましたか?」
と言う。
僕は首を振りながら、
「はは、生まれてこの方痛覚以外の感情で涙を流したこともないかったのにな…まさかだったよ。妄想じゃなかったんだ。理想じゃなかったんだ。ちゃんと、現実だったじゃないか。」
そう言って、彼女を見た。
「ほんとにいきなりでごめん。でも、言わなきゃいけないんだ。ずっと言いたかったんだ。…あなたのことが、ずっと昔から、好きでした。」
その言葉に彼女も涙を流し、そして、それでも精一杯の笑顔を作って、答えた。
「私も。」
その時から、モノクロになっていた僕の世界が、輝きを取り戻して行った。