2017年2月5日日曜日

あの日の夢は今に繋がってる

僕は中学生の頃、時たまに一度も言ったことのない場所に、一度も会ったことのない人と遊びに行く夢を見た。
その人は、女性。顔も声も年齢も朝になれば忘れてしまう。でも、ただ一つ、僕はその人に恋をしてるんだってことだけははっきりと覚えていた。
いつか会えるのかなと思っていたけど、特徴など覚えていない人だから探し様が無いし、もし探せたとしても引っ込み思案な僕が声をかけられるわけもない。
だけど、或る時どうしても人に話したくなって友達に話をした。
もちろん信じてくれるわけもなく、ただの夢にどこまで幻想を抱いてるんだよとまで言われた。
全くその通りだと思ったし、なんだか自分がバカバカしくなって、恥ずかしさも感じた。
それ以降、ありえない夢だって忘れようとした。何度夢に出てこようと、所詮自分の描いた理想だ、妄想だ、と思うようにした。
高校生にあがる頃にはそんな夢はもう見なくなっていた。僕は心の中で、「これが大人になるってことなんだ。幻想なんて抱かない、現実で生きていく大人近づけてるんだ。」と、自分の成長を感じた。
何もなかったつまらない高校生活も終わる頃にはそんな夢の話も忘れて、前期も後期も第一志望に落ちたせいで長く感じた受験戦争も、自分が親や先生に告げられた「妥協」というポツダム宣言を受け入れることで終わりを迎えた。
そして、僕は不本意ながらに第二志望の大学へ進学した。
そしてそれは強く雨の降っていた日、面白くもない大学の講義を受けて家に帰ろうとした時のことだった。
§§§
出入口には傘を忘れたのか、じっと雨を見ている1人の女性がいた。でも僕は「どうせ誰かがどうにかするだろう」という思いと、自分の引っ込み思案な性根のせいでその人を無視して帰ろうとし、傘を取ろうと傘立てにむかった。
…しかし、いくら探せど自分の傘がない。ほかの傘立てに入れた覚えも無いし、この雨は朝から降っていたのでここまで差してきたことだけは覚えている。つまり結果から言うと。
しまった。盗まれた。
特に愛着がある傘というわけでもないが、盗人のせいで自分が雨に濡れながら帰らないといけないと思うと癪に障る。
どうにか濡れない方法はないかと思案していると、先程から近くにいた傘を忘れたであろう女性が声をかけてきた。
「あなたも傘を忘れたのですか?」
いや、一緒にしないでほしい。
「いえ、持ってきたのですが...どうやら、盗られてしまったようです。」
あくまで盗まれたということを強調させた言い方をした。少し感情が出てしまったか。
「あらら...それは災難ですねぇ」
彼女は気の毒そうに言い、自分の鞄から折りたたみ傘を取り出し、僕の手の上に乗せた。
「急用でしたら、どうぞ?」
え、持ってるのかよ。
「ああ、有難うございます。というか、あなたはなぜ使わないのですか?」
彼女は肩を竦めながら、
「今日は、あまり傘を使いたい気分じゃなかったんです。」
と、微笑んだ。
それが僕への親切だとわかると、僕は
「貴方が濡れて帰っては意味が無いですよ。貴方が使うべきです。」
と、それを返そうとした。
すると彼女は両手を振りながら
「いえいえいえ!本当に今日は濡れたい気分なんです!!」
と言った。
しかし僕は、どう考えても僕が帰ったあとあの人が困るのではと思い、彼女に言った。
「ではこうしましょう。この傘であなたの家まで僕が行きます。そこから僕はコンビニかどこかで傘を買って自分の家まで帰ります。」
そういうと彼女は小さく笑い、
「あなたは優しいんですね。でも、私の家はここから結構ありますよ?多分あなたの方が近いのでは?」
彼女が言った住所で調べてみると、確かに僕の家の方が近かった。
「…じゃあ、僕の家まで送ってくだされば、それで結構です。」
と言うと、彼女はにこやかに
「わかりました。では行きましょう」
と言った。
そして何事もなく、僕のアパートに到着した。
「それではまたいつか。本当にありがとうございました。」
そう言うと、僕は深々と頭を下げた。
彼女は恐縮したように、
「いえいえそんな、当然のことをしたまでですよ。」
と言う。
その時だった。
ザッバァーン!
車道を通った車が水溜りの泥水を相当な量はねて、彼女は泥だらけとなった。
「…うちのシャワーでよければ貸しますが…?」
「…ありがとうございます…」
「すいません。服まで借りちゃって。」
申し訳なさそうに彼女が言う。
「いいえ。こちらこそ汚い部屋に上がらせてしまってすいません。」
もともと来客など想定していない部屋であったため、かなり汚い。
「いえいえ、かなり綺麗な部屋じゃないですか。私、言っちゃ悪いかも知れませんけどもっと男性の部屋って汚いものだと思ってましたよ。」
なぜか少し安心した。
「まあ、じきに雨も止むと思いますので、雨が止んだら家まで送りますよ。」
「…ありがとうございます。」
彼女はしおらしそうにそう言った。
そして、2人は並んでいろいろな話をした。学校のこと、講義のこと、昔の自分のこと。
不思議だ。初対面じゃないみたいだ。そして、一緒にいて、とても幸せに感じる。居心地が良い。まるで前にも…
「「…会ったことがあるみたい。」」
「…え?」
自分が考えていたことを相手も?
彼女は、顔を俯かせながら続けた。
「私、子供の頃から夢を見るんです。一度も会ったことのないはずの誰かと、どこかで笑いあっている夢を。でも、いつも夢から覚めると、何も覚えてなくて。でも、今日貴方にあって、いつか会ったことがあるな、とは思うんですけど、絶対に会ったことは無いじゃないですか。だから…気を悪くしないでくださいね…?まさか、そうなんじゃないかなって。」
話を聞きながら、僕の中で、カチリ、と音がした。
全てが、繋がった気がした。
そして無意識に、気づけば、泣いていた。
涙を、止められなかった。
彼女が驚いて、
「!?!?だ、大丈夫ですか?何が気に障ることでも言ってしまいましたか?」
と言う。
僕は首を振りながら、
「はは、生まれてこの方痛覚以外の感情で涙を流したこともないかったのにな…まさかだったよ。妄想じゃなかったんだ。理想じゃなかったんだ。ちゃんと、現実だったじゃないか。」
そう言って、彼女を見た。
「ほんとにいきなりでごめん。でも、言わなきゃいけないんだ。ずっと言いたかったんだ。…あなたのことが、ずっと昔から、好きでした。」
その言葉に彼女も涙を流し、そして、それでも精一杯の笑顔を作って、答えた。
「私も。」
その時から、モノクロになっていた僕の世界が、輝きを取り戻して行った。